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熊本地震からちょうど一年経ちました
熊本地震から1年。

発生したその時間にこのブログを書いています。

体験したことのない揺れで、パトカー、救急車、消防車のサイレン、緊急地震警報、マンションのセキュリティー警報。周囲は緊迫した音で溢れていました。

深夜になって、部屋はメチャクチャだけど、倒れるもののないリビングで家族3人で寝たことを思いだします。余震の時は停電にならなかったので、それほど非常時には感じなかったのかもしれません。

翌日、専門学校の講義の予定だったので、連絡をとってみましたが繋がらず、とりあえず行ってみましたが、やはりメチャクチャ。行く途中の熊本城の石垣も所々崩れ、車は通行止めでした。

徒歩で行ける範囲で私の住む町の周囲をみて回りましたが、この段階では損傷のある家はそれほど見当たりませんでした。中はどこもメチャクチャだったと思いますが。

被害が大きかった益城の報道が多かったので、心配した知人からの電話がありましたが、熊本市の中心はそれほどでもなかったんです。

まさか、この震度7の地震が余震だとはこの時は思いもしませんでした。

で、16日の深夜の本震。14日の余震とは比べものにならない揺れでした。

さすがに、このマンションも崩れるんじゃないかと家族で小学校に避難しました。多分、みんなが生きた心地がしなかったと思います。

朝まで震度5〜6レベルの余震が続き、一睡もできない状態。まだ、寒さが残る4月の夜は、毛布なしでは寝られません。

嬉しかったのは、こんな状態でも周囲を気遣う人たちが多いこと。余った自前の毛布を貸したり、子供にお菓子を与えたり、この緊急時にみんなで助け合っている風景は、日本人に生まれてよかったーと思える場面でした。

世が明けて、改めて周囲をみて回ると、熊本市中心部も今度ばかりは外観でもやばいと思える建物があちこちでみられました。

1年経った今も、傷跡が残る未修理の家がたくさんあります。業者さんも追いつかないのでしょう。

でも、気持ちは1年の時間で癒されているような気がします。

あんな恐怖は二度とごめんですけど、忘れずに生きて行きたいと思います。

特に日本人ならではの助け合う心は絶対に次世代につなげていきたい、そう願います。


   


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橋本隆一

Author:橋本隆一
企業の成長をお手伝いしながら、自分自身も成長できることを願っています。虚心坦懐、素直に受け入れ学ぶ姿勢を持って、思うところを綴っていきたいと思います。

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