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女性だけの営業企画チーム
あるクライアントさんで女性だけの営業企画チームをスタートしました。

社長肝いりの部署です。

7割が男性の会社での発足、しかも企画に携わったことがないメンバーでのスタート。

やることいっぱいでメンバーは青色吐息ですが、不安を取り除いてあげながら少しずつ進めています。

女性らしさを発揮して頑張ってもらいたいものです。

企画にはルーティンワークを持たせないのが私の主義で、このチームにもルーティンを与えていません。

小さな会社では複数業務を兼任しているので、周りの部署にそのしわ寄せが行くことになりがちです。

それでも、基本はルーティンを持たず、プロフィットセンターの目標達成をサポートすることを担っているんだと、本人たちにも周囲の部署にも意識づけしています。

ルーティンを手伝う場合でも、本来の業務ではなく、緊急避難的に手伝っているんだと定義しないと全体がうまく回らなくなるからです。

先週から企画の基礎的な部分をレクチャーし、今週は実践に移っています。レクチャーばかりでは成果が生まれないので、あとは実践しながら覚えてもらう予定です。

会社の業績を担う部署を、経験のない女性で固めるのは勇気のいる決断です。

一年後には、やってよかったと全員に認めてもらえるよう全力でサポートしたいと思っています。

一人で勝手にワクワクしています。このワクワク感がメンバーにも伝わるといいのですが…。

乞うご期待!


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熊本地震からちょうど一年経ちました
熊本地震から1年。

発生したその時間にこのブログを書いています。

体験したことのない揺れで、パトカー、救急車、消防車のサイレン、緊急地震警報、マンションのセキュリティー警報。周囲は緊迫した音で溢れていました。

深夜になって、部屋はメチャクチャだけど、倒れるもののないリビングで家族3人で寝たことを思いだします。余震の時は停電にならなかったので、それほど非常時には感じなかったのかもしれません。

翌日、専門学校の講義の予定だったので、連絡をとってみましたが繋がらず、とりあえず行ってみましたが、やはりメチャクチャ。行く途中の熊本城の石垣も所々崩れ、車は通行止めでした。

徒歩で行ける範囲で私の住む町の周囲をみて回りましたが、この段階では損傷のある家はそれほど見当たりませんでした。中はどこもメチャクチャだったと思いますが。

被害が大きかった益城の報道が多かったので、心配した知人からの電話がありましたが、熊本市の中心はそれほどでもなかったんです。

まさか、この震度7の地震が余震だとはこの時は思いもしませんでした。

で、16日の深夜の本震。14日の余震とは比べものにならない揺れでした。

さすがに、このマンションも崩れるんじゃないかと家族で小学校に避難しました。多分、みんなが生きた心地がしなかったと思います。

朝まで震度5〜6レベルの余震が続き、一睡もできない状態。まだ、寒さが残る4月の夜は、毛布なしでは寝られません。

嬉しかったのは、こんな状態でも周囲を気遣う人たちが多いこと。余った自前の毛布を貸したり、子供にお菓子を与えたり、この緊急時にみんなで助け合っている風景は、日本人に生まれてよかったーと思える場面でした。

世が明けて、改めて周囲をみて回ると、熊本市中心部も今度ばかりは外観でもやばいと思える建物があちこちでみられました。

1年経った今も、傷跡が残る未修理の家がたくさんあります。業者さんも追いつかないのでしょう。

でも、気持ちは1年の時間で癒されているような気がします。

あんな恐怖は二度とごめんですけど、忘れずに生きて行きたいと思います。

特に日本人ならではの助け合う心は絶対に次世代につなげていきたい、そう願います。


   


プロフィール

橋本隆一

Author:橋本隆一
企業の成長をお手伝いしながら、自分自身も成長できることを願っています。虚心坦懐、素直に受け入れ学ぶ姿勢を持って、思うところを綴っていきたいと思います。

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