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8億円、どこに行くんですかねー
籠池氏の証人喚問でメディアが湧いているけど、正直何やってんだって感じ。

知りたいのは、9億の国有地が1億で払い下げられたことが妥当なのか?妥当じゃ無かったらどう修正するのか?だけなんですけどね。

誰かが8億儲けて、そのツケを国民が負担するようなことがなければどうでもいいよ。

なんだか、安倍首相を引き摺り下ろすことが目的になって、論点がずれているんじゃないか?とイライラし通しです。

首相は仕事をしてくれれば、それでいいです。舛添さんだって、せこい銭稼ぎより、仕事をしていないのが問題だったと思います。

メディアがその辺正してくれればいいのですが、どうもゴシップネタに群がって、焦点をブラしているような気がしてなりません。

事実をそのまま報道しているだけならいいけど、想像を加えて論点をあらぬ方向に導くようでは困ったものです。

ビジネスでも情報の価値が高まっていますが、報道の情報も価値を高めてほしいものです。


遺伝子組み換え」でも述べたように、きちんと情報を伝えて、国民の審判を仰ぐのが一番。

報道が民意を捻じ曲げることがないよう願うばかりです。

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火事場でタイヤを運び出す
なぜか火事の夢を見て、27年前の火事を思い出しました。

新入社員として寮に入った1年目の出来事です。夜、借り上げアパートの自分の部屋(2F)でくつろいでいると「火事だー」という叫び声がしました。ベランダに出ると隣の部屋のゴミ箱が燃えていました。消せる!と思い、走り出た玄関の前で一緒になった先輩と消火器を取りに行き、火元の部屋の玄関を入りました。

二人で入ったものの、廊下と部屋の間にある磨りガラス入りのドアの前で躊躇してしまいました。そんなに時間は経っていなかったはずなのに磨りガラス越しの火は大きく見えて、ここを開けるとバックドラフトのようなことになるのでは?と先輩と相談して逃げることに…。

下に降りた時は、炎が外に吹き出していました。結果、一室全焼。

今でも、逃げることにした判断が正しかったのか解りません。ベランダ側のサッシは空いていたので、バックドラフトは無かったかもしれません。炎も磨りガラス越しで大きく見えただけだったかもしれません。発見した時はゴミ箱が燃えているだけだったので、それほど大きくはなってなかったはず。消せたのではないか?と。ずいぶん後悔しました。

火事の後始末は大変でした。寮生全員で水浸しになった畳の残骸と家具を運び出しましたが、水を吸っているので重いこと。一般の人も住んでいたので、お詫びの品を持って謝罪に回ったこと。自分の部屋ではないけど、寮生の連帯責任です。

苦い出来事でした。常に冷静でいたいものです。

そして、人間、火事場では変な行動をするものです。二階なのに、地上から二階に向けて消火器で吹き消そうとしたり、液が出尽くしたら、消火器ごと二階に放り込んだり。消えるわけないとわかっていても、そうしないではいられないんですね。

私はというと、それ以上に変な行動を。当時、モータースポーツをやっていて、競技用のタイヤをベランダに積んでいました。炎が外に吹き出しているのを見て、タイヤがやばい!まだローンが残ってる!と。

その瞬間、私は階段を駆け上がり、自分の部屋に入り、ベランダのタイヤを玄関方向に放り投げて、また、脱出しました。脱出する時には、外の廊下は煙が流れていて、口元を押さえて逃げていたことを覚えています。

やっぱり冷静じゃ無かったんですね。火事場でタイヤを運ぶなんてアホですよ。でも、ローンが残っていたから。

で、よくよく考えると、燃えていれば保険で新品のタイヤが手に入ったかもしれないのに。ほんとアホですよね。

27年経っても思い出すんですから。火事って怖いです。放水された部屋も悲惨です。

今考えても仕方ありませんが、あの時は消せたのかなぁ?





来月で熊本地震から一年
友人と集って熊本地震を振り返りました。来月には、地震から一年を迎えます。

貴重な体験だからこそ、そこから得たものを形にしなければならないと言いながら、それぞれで体験したことを飲み食いしながら語り合いました。

阪神大震災や東日本大震災と比較するのは適当ではないけど、熊本は死者が少なかったそうです。なぜか?

大被災地だった益城は、自衛隊駐屯地がある建軍から7キロ程度。そのことが、死者が少なかった要因の一つだったようです。倒壊した家屋からの救出活動は、報道が到着するよりも早くに行われていたかもしれません。

病院に勤務していた人の話が、印象的でした。東日本大震災の時は、死者が多くて病院は想像よりは暇だったらしく、生存者が多かった熊本は病院がパニック状態だったと。

病院は、そうでなくても、電気、水道がない中で大変な状況だったそうです。この地震で危機対策マニュアルも、電気がない場合、水道がない場合と、内容が濃くなったそうです。実際の体験に基づくマニュアルは、全国で共有してほしいものです。

そして、病院関係でもう一つ特徴的だったのは、車中泊が多かったことで、震災後もエコノミー症候群による患者さんで溢れたとです。

その対策で、テントの支援があったことは、次の災害でも生かされるのだろうと感じています。

他には、報道でもあったように、支援物資は届くものの必要なところへ配布されない事象は一番解決しなければならない問題だと思います。正しい情報を早く正確に共有する仕組みが、このような大震災の時に一番必要です。

今回、素晴らしいなと思ったのは、交通情報でした。地図アプリで通行不可能な道がバッテンで表示されていたのは、すごく参考になりました。

誰かが状況を確認して、アプリに反映させてくれたおかげだと思います。次の災害が発生した時は、支援物資の過不足情報が、同じようにアプリに反映されると熊本の被害も少しは浮かばれるでしょう。

もちろん、この事態を乗り切った行政や支援してくださった方は、次に活かすことを考えていると思います。

上から目線になっていたらごめんなさい。私個人で打てる対策はないのに偉そうなことは言えません。体験したことから思うことです。

私にできることは、その対策を活かせるように、新しい危機対策の情報を知ること、実施される訓練に積極的に参加することくらいだろうと思います。

地震にあって悪いことばかりではありませんでした。周囲の助け合う姿にはたくさんの感動を受けました。訓練とかではなく、日本人に備わった優しい振る舞いをあちこちで目にしました。

近所を歩くだけで、「水は大丈夫ですか?〇〇で配ってますよ」とか「炊き出しやりますから、遠慮なく食べに来てください」とか、自分のことより人のことを気にかけてくれる人がたくさんいました。それも、若い人が多かったこと。

こういうことを言っていいのか躊躇われますが、自分のことだけを考えたわがままを言うのは年配者の方が多く、若者の方が献身的に行動していました。

炊き出ししているのも若者だし、避難所で支援物資を配るのも若者でした。決してやらされているのではなく、自分たちがみんなを守るんだという気概を感じました。

大変な地震でしたが、日本人の優しさや若者のエネルギーを感じられた点は嬉しい出来事でした。





プロフィール

Author:橋本隆一
企業の成長をお手伝いしながら、自分自身も成長できることを願っています。虚心坦懐、素直に受け入れ学ぶ姿勢を持って、思うところを綴っていきたいと思います。

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